川添善行著、早川克美編『私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』

私説「絵画の自立性(自律性)」の概念の成立過程その1〜物理的・社会的側面



今回の記事は前々回の「川添善行著『空間にこめられた意思をたどる』〜デザインや美術全般に関する思考能力を高められる本」の最後に触れた、同書の目から鱗の内容です。
もっとも印象的だったのは絵画の自立性(自律性)に関する説明です。

補足)今回の内容は既にご存じの方も多いかと思いますが、少なくても私はこれまで西洋美術史などの本を読んでも、ここまで明確には理解できなかったことです。

フォーマリズムの思想で「絵画の自立性」の概念に初めて触れる

私が絵画の自立性という概念を知ったのは比較的最近で、その言葉を初めて目にしたのは『現代アートの哲学』『芸術表現ー5つの焦点』などの本だったと記憶していますので、今から1年半ほど前ということになります。
(そんなに最近だったとは意外でした)

それらの本で、これまた初めてフォーマリズムという思想ないし絵画のジャンルの存在を知り、その思想ないしジャンルを支えているのが絵画の自立性という概念でした。

そしてこのフォーマリズムにおける絵画の自立性は「絵画でしかできない表現を追求する」という、私から見れば非常に極端に思える発想でしたので、次回以降の同じテーマの記事で引用する予定の椹木野衣著『反アート入門』でも触れられているように個人のアイデンティティ、それも自分(たち)にしか表現できないものというオリジナリティへの強いこだわりから生み出されたものとの印象を抱いていました。

ところが川添氏の『空間にこめられた意思をたどる』には、フォーマリズムにおける絵画の自立性とはまったく異なる概念が提示されていたのです。

『空間にこめられた意思をたどる』における「絵画の自立性」の説明

まずは少し長くなりますが該当部分を引用します。

古代からルネサンスまでの絵画といえば、宗教画や歴史画、肖像画がほとんどであり、それらは教会や宮殿の壁や天井を飾ることがほとんどでした。17世紀頃になると、オランダやベルギーにおいて、純粋に鑑賞を目的とする絵画が誕生します。静物画や風景画などであり(中略)こうした絵画は建築物ではなくカンバスや紙に描かれ、額縁のはめられることでどこにでも掲げられるようになります。これは絵画そのものの意味を大きく変えました。絵画が建築物から独立することで、絵画そのものの自立性が獲得されたのです。
この流れの中で、19世紀以後抽象美術という考え方が成立しました。19世紀の半ばから20世紀初頭に盛んになった印象派の絵画では、描かれた「もの」や「意味」よりも光や色などの視覚的な印象に重点がおかれました。(中略)その後のモンドリアンなどによる抽象美術では、画面内の純粋な形態と色彩を扱うことで独立した表現作品であることを実現しました(同書 P.117-118)。

絵画の自立性の獲得における2つの概念

私の理解では、上述の説明には主に2つの「絵画の自立性」の概念が存在しているように思えます。

自立性の獲得その1〜他者の装飾物の地位から脱却し、それ自体が鑑賞の対象となることで物理的な変化が生じる

その1つめは物理的な意味での自立です。
川添氏の説明によれば、ルネサンスの頃までの絵画は、鑑賞とは別の目的のために制作され、かつ特定の場所に描かれたり飾られたりするものであり、そこでの絵画の位置づけは、ある目的を遂行するための手段でしかありません。

その手段とは、例えば中世のカトリックの宗教画であれば、文字の読めない人々に聖書の教えを伝えるための説明図であったり、あるいは神の偉大さの表現ということになるでしょう。
また肖像画であれば、描かれた人物やその一族の権威を高めるための手段として利用されていたのではないかと考えられます。

ところがヨーロッパの北部にあるオランダやベルギーでは、宗教目的でもなく、支配階級の権威を高める目的でもない、これまで専ら手段の身に甘んじていた絵画そのものを鑑賞するという新しいスタイル(価値観)が登場し、その鑑賞という目的に適した形へと絵画が変化していったようです。

補足)この絵画を鑑賞するというスタイルの登場には、プロテスタントの思想の影響が大きいと考えられていますが、その点については次回考察する予定です。

もっとも、このような変化も絵画を擬人化すれば「絵画独自の存在価値(アイデンティティ)を獲得した」という言い方もできるでしょうし、事実そのような説明をこれまで幾度となく目にしてきました。
しかしそのような擬人化を控えれば、オランダやベルギーにおける変化は、それ自体が鑑賞の対象となった点を除けば、絵画が描かれる場所やシーンが大幅に拡大し、かつ描かれる物体にも変化が生じたという物理的な範疇の変化と言えると思います。

自立性の獲得その2~神の顕現や自然の模倣などの目的(制約)から解放され、表現の幅が劇的に広がる

2つめの絵画における自立性の獲得は、引用文の後段にある抽象美術の登場によるものです。
こちらもそれ以前と比較して考察してみますと、前述のオランダやベルギーにおける出来事でも、描かれる対象や完成した作品の取り扱いに大きな変化が生じたとは言え、外部に存在する特定の対象を描くという点においては変わりありません。
しかしその点も抽象美術の登場によって、大きく様変わりすることになったと考えられます。

その変化はまず印象派の絵画において生じ、それまで大きな影響力を持ち続けてきた古代ギリシャの「自然の模倣」の制約が崩れ去り、画家が自らの主観に基づき絵画を描く道が開かれたと考えられます。

そしてその後もキュビズムなどを経て、モンドリアンなどのように「画面内の純粋な形態と色彩を扱う」画家が登場するに及び、「外部に存在する対象を描く」という制約(ルール)からも解放されることになったようです。

ただこの変化に対しては、しばしば外部の対象に頼ることなく自己完結の状態のまま絵画作品を完成させることができることをもって「自立性(自律性)の獲得」と解釈されますが、この解釈も私から見れば非常に擬人化された解釈であるため、同じようにそれを避ければ、単に「対象を描く」という制約が取り払われることで表現の幅が劇的に広がったという意味づけの方がしっくりきます。

以上がこれまで西洋美術史などの本を読んでもなかなか理解できなかった「絵画の自立性(自律性)」の獲得の歴史です。